交通事故による損害賠償請求も、時間が経過すると、時効の問題が発生してしまいます。
そこで、交通事故と時効、特に、消滅時効の起算点について、説明していきます。
民法の規定
交通事故の時効について、民法は、以下のように、原則は3年であるが、「人の生命又は身体を害する」場合は5年と規定しています。
(不法行為による損害賠償請求権の消滅時効)
民法
第七百二十四条 不法行為による損害賠償の請求権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。
一 被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないとき。
二 不法行為の時から二十年間行使しないとき。
(人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求権の消滅時効)
第七百二十四条の二 人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求権の消滅時効についての前条第一号の規定の適用については、同号中「三年間」とあるのは、「五年間」とする。
つまり、物損については3年、人損については5年、ということになります。
では、その期間の起算点となる、「被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時」とは、いつのことを指すのでしょうか?
被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時
この点、最高裁判例は、「被害者において、加害者に対する賠償請求をすることが事実上可能な状況の下に、それが可能な程度に損害及び加害者を知った時を意味する」と説明しています(最高裁S48.11.16)。
そこで、「加害者」と「損害」のそれぞれについて、「加害者に対する賠償請求をすることが事実上可能な状況の下に、それが可能な程度」に知った時がいつになるかを説明していきます。
「加害者」を知った時
まず、「加害者」を知った時についてです。
交通事故の場合、事故が発生すると、警察に通報することになり、駆け付けた警察が事情を聴取して、最終的に、「事故証明書」というものが出来上がります。
この事故証明書には、加害者の氏名、住所などといった、加害者を被告として訴訟を提起するために十分な情報等が記載されています。
そのため、「加害者」を知った時は、通常、事故発生時、ということになります。
(加害者が逃亡し、事故証明書に不明と記載されたような場合は、例外になります。)
「損害」を知った時
では、「損害」を知った時はいつになるでしょうか?
この点、最高裁判例は、被害者が損害の発生を現実に認識した時が、損害を知った時であると説明しています(最高裁H14.1.29)。
そして、物損の場合は、事故が起きたその時点で、損害の発生を認識できるため、「損害」を知った時は事故発生時、ということになります。
これに対し、人損の場合は、必ずしも事故発生時には損害の発生を現実に認識できない、という見解があります。
つまり、後遺障害に関しては、症状固定時にならないと判然としないため、症状固定時が損害の発生を現実に認識できる時である、とする考え方になります。
被上告人は,本件後遺障害につき,平成9年5月22日に症状固定という診断を受け,これに基づき後遺障害等級の事前認定を申請したというのであるから,被上告人は,遅くとも上記症状固定の診断を受けた時には,本件後遺障害の存在を現実に認識し,加害者に対する賠償請求をすることが事実上可能な状況の下に,それが可能な程度に損害の発生を知ったものというべきである。自算会による等級認定は,自動車損害賠償責任保険の保険金額を算定することを目的とする損害の査定にすぎず,被害者の加害者に対する損害賠償請求権の行使を何ら制約するものではないから,上記事前認定の結果が非該当であり,その後の異議申立てによって等級認定がされたという事情は,上記の結論を左右するものではない。
最高裁H16.12.24
論理的には、疑問の余地があるところですが、このように解釈しないと、重傷で治療期間が長期化した場合に、治療中でも時効中断の措置を執らざるを得なくなってしまうという現実的な問題を踏まえたものであると当職は理解しています。
実際の対応策
では、実際に、人損については、症状固定の診断を受けてから5年以内に請求をすればよいかというと、当職は全くお勧めできません。
まず、どの時点が「症状固定」時かというのが、保険会社との間でよく争いになるためです。ここでいう症状固定時とは、主治医が症状固定と診断した時ではなく、あくまで法的に症状固定といえる時期になりますので、症状固定の診断時とはズレが生じる場合があります。
また、休業損害等、後遺障害とは無関係の費用については、別途時効が成立してしまう恐れも否定できません。
そのため、当職としましては、よほど治療が長期化したというような事情が無い限り、遅くとも事故日から5年以内に請求をすることをお勧めしています。
なお、現在では、民法改正により、協議の結果書面により合意することができれば、時効の完成を猶予することが可能になりました。
(協議を行う旨の合意による時効の完成猶予)
民法151条1項
第百五十一条 権利についての協議を行う旨の合意が書面でされたときは、次に掲げる時のいずれか早い時までの間は、時効は、完成しない。
一 その合意があった時から一年を経過した時
二 その合意において当事者が協議を行う期間(一年に満たないものに限る。)を定めたときは、その期間を経過した時
三 当事者の一方から相手方に対して協議の続行を拒絶する旨の通知が書面でされたときは、その通知の時から六箇月を経過した時
あともう少しで合意が成立しそうであるが、時効の期間が迫っているときなどには、有用に活用できる方法となります。
まとめ
時効については、成立してしまうと、1円も請求することができなくなってしまいますので、余裕をもって対応することが大切です。事故から時間が経ってしまったと思う場合は、お早目に弁護士までご相談ください。
弁護士 小林 聖詞